インターフォンの呼び出しチャイムが鳴っても男は意に介さない。心の中では来訪者が誰なのかあれこれ推測しているが、その表情からは何も伺うことはできない。狭いワンルームの三分の一を占めるベッドに寝転びながら、男は漫然とテレビを眺めていた。画面ではニュースキャスターが事件を伝えている。と、それまで無反応だった男の表情がわずかに曇り、画面に鋭い視線を向けた。見つめる先には、不動産競売妨害を説明するフリップが映されている。
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しばらく画面に集中していた男は、自嘲気味の薄ら笑いを唇の端に浮かべるとベッドを降り、ひとつ大きく伸びをした。冷蔵庫からよく冷えた缶ビールとグラスを取り出す。医者からは止められていたが、息苦しい空間に閉じこもる男にとって、この瞬間こそが至福の時なのだ。買い置きのチーズをかじりながらうまそうにビールを飲み干すと、小さなため息をつき目を閉じた。テレビのスイッチを消し、ベッドに戻り、静かに照明を落とした男は名をO氏という。四十九歳になるO氏は、ここ神奈川県川崎市のワンルームマンションの一室で暮らしている。平成十一年はこの部屋で過ごすことになるのだろうか。それとも、またどこかほかへ移ることになるのか。先行きはO氏自身にも分からない。分かっているのは、自分が居住占拠という違法行為をこれからも続けていくだろうこと、それだけだ。占有屋――人はO氏をそう呼ぶ。本来、居住する権利がないにもかかわらず、立ち退き料を求めで競売物件に居座るのが仕事だ。刑法九六条三項違反、明らかな競売妨害にあたる。